2014年07月18日

街歩きシリーズ 第4弾渋谷三丁目を散策する

渋谷東地区まちづくり協議会
広報分科会

街歩きシリーズ 第4弾渋谷三丁目を散策する

開催日時:平成26年6月24日(火)
時  間:15時00分~16時30分

当日は天候不順、大雨のため街歩きは小人数で、写真撮影が出来ず誠に残念でありました。
(後日:再挑戦)
でも、3丁目町会:高橋会長さんにご同行賜り、金王八幡宮:比留間宮司さま、田所さまと面談させて頂き貴重な対話を賜りました。

渋谷三丁目町会の歩み


「中通り並木町会」だった町会名は、昭和41年「渋谷三丁目町会」と改名され、創立20周年・50周年の歩みを刻み、平成25年に60周年を迎え今日に至りました。



すべての写真が拡大出来ます。
進化する渋谷

“渋谷三丁目町会”では、町会に関与された代々の諸会長・諸先輩と共に目線は、いつも町会の維持発展に努めて参りました。
それは渋谷と渋谷駅周辺の発展に寄与するという目標であったと思われます。


これからは、渋谷駅周辺の再開発だけに留まらず、東京都のオリンピック関連施設の改築等も堰を切ったように建築ラッシュとなります。
地域としても微力ながら、「明るく住みよい街」「災害のない安心・安全心の街」になりますよう務めて参ります。




 
 高橋 会長
スタート  標識並木橋交差点脇
  名立たる、並木橋は小さな橋

橋際に道標
標識交差点近くの小道も鎌倉道 標識ウインズ渋谷前の掲示
1524年北条軍が江戸に攻めのぼり、その時の戦火が渋谷にも及び渋谷城(金王八幡宮・東福寺付近)が焼失した。
標識 金王八幡宮  標識  御社殿 
正面:左右窓のような狭真に
は虎と獏が彫られている。
現在の御社殿は、徳川二代将軍秀忠の世1612年に青山忠俊と春日の局によって造営された。

金王桜
金王桜は、長州緋桜という種類で、雄しべが花弁化し、一枝に一重と八重が入り混じって咲く珍しい桜。
この桜は鎌倉亀ヶ谷の館にあった憂忘桜を源 頼朝がこの地に移植させ「金王桜」と名付けたとされている。

                       渋谷区指定有形文化財

神輿
鎌倉八幡宮の神輿を【都内最古】
江戸時代、青山百人組の御家人が鎌倉より担ぎ来たもので、途中、目黒の暗闇坂で追手の者は神輿を見失ったと伝えられています。
神輿は鎌倉末期の作と云われ、重さは百貫
境内、見学の後、比留間宮司・田所さまと面談

所有する宝物・年間の諸行事・地域の守備テレトリー等について歴史に沿った説明を拝聴する。
写真は、
比留間宮司さん(右)と小林会長(編集リーダー)
標識 豊榮稲荷神社
この神社は、1961年(昭和36年)渋谷駅近くにあった田中稲荷神社(渋谷氏によって創建されたという。)と区内道玄坂上にあった豊澤稲荷神社が合祀されて建立された神社である。
社殿の扁額には両社の社号が刻まれている
標識 天台宗東福寺

渋谷山親王院東福寺は、承安三年(1173年)
圓鎭正によって、現在地に開創されたと伝えられてる。
東福寺は開創当初から、隣接する金王八幡(渋谷八幡宮)の別当寺で、渋谷区内最古の寺院として知られている。
標識 新南口駅を目指す→ パサージュガーデン周辺の8か所を通過する。 
標識
ヘ 並木橋児童遊園地へ向けて
イベント広場  防災倉庫


渋谷川、古川減勢槽 
動力制御盤(1)(2)(3)
この通りも鎌倉時代の軍道→ 並木橋交差点(出発点)戻る。
点線○印は旧東横線橋脚
編集後記
広報分科会も第4弾となり、各視察先の会長さんとの事前交渉が円滑に進められようになりました。
それに伴い訪問地である渋谷三丁目:高橋会長さんからの巡回ルート表を頂戴して、ジャストタイムで終了できまし事、本当にありがとうございました。
さて、過去に視察を終了した「常磐松」「心和会」「渋谷2丁目」「渋谷3丁目」の中心軸に金王八幡宮があり、この周辺への来訪者集めは“八幡宮の参拝と近隣商店廻り・町巡り”の接合が不可欠ではないかと感じました。



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