2014年07月18日

街歩きシリーズ 第4弾渋谷三丁目を散策する

渋谷東地区まちづくり協議会
広報分科会

街歩きシリーズ 第4弾渋谷三丁目を散策する

開催日時:平成26年6月24日(火)
時  間:15時00分~16時30分

当日は天候不順、大雨のため街歩きは小人数で、写真撮影が出来ず誠に残念でありました。
(後日:再挑戦)
でも、3丁目町会:高橋会長さんにご同行賜り、金王八幡宮:比留間宮司さま、田所さまと面談させて頂き貴重な対話を賜りました。

渋谷三丁目町会の歩み


「中通り並木町会」だった町会名は、昭和41年「渋谷三丁目町会」と改名され、創立20周年・50周年の歩みを刻み、平成25年に60周年を迎え今日に至りました。



すべての写真が拡大出来ます。
進化する渋谷

“渋谷三丁目町会”では、町会に関与された代々の諸会長・諸先輩と共に目線は、いつも町会の維持発展に努めて参りました。
それは渋谷と渋谷駅周辺の発展に寄与するという目標であったと思われます。


これからは、渋谷駅周辺の再開発だけに留まらず、東京都のオリンピック関連施設の改築等も堰を切ったように建築ラッシュとなります。
地域としても微力ながら、「明るく住みよい街」「災害のない安心・安全心の街」になりますよう務めて参ります。




 
 高橋 会長
スタート  標識並木橋交差点脇
  名立たる、並木橋は小さな橋

橋際に道標
標識交差点近くの小道も鎌倉道 標識ウインズ渋谷前の掲示
1524年北条軍が江戸に攻めのぼり、その時の戦火が渋谷にも及び渋谷城(金王八幡宮・東福寺付近)が焼失した。
標識 金王八幡宮  標識  御社殿 
正面:左右窓のような狭真に
は虎と獏が彫られている。
現在の御社殿は、徳川二代将軍秀忠の世1612年に青山忠俊と春日の局によって造営された。

金王桜
金王桜は、長州緋桜という種類で、雄しべが花弁化し、一枝に一重と八重が入り混じって咲く珍しい桜。
この桜は鎌倉亀ヶ谷の館にあった憂忘桜を源 頼朝がこの地に移植させ「金王桜」と名付けたとされている。

                       渋谷区指定有形文化財

神輿
鎌倉八幡宮の神輿を【都内最古】
江戸時代、青山百人組の御家人が鎌倉より担ぎ来たもので、途中、目黒の暗闇坂で追手の者は神輿を見失ったと伝えられています。
神輿は鎌倉末期の作と云われ、重さは百貫
境内、見学の後、比留間宮司・田所さまと面談

所有する宝物・年間の諸行事・地域の守備テレトリー等について歴史に沿った説明を拝聴する。
写真は、
比留間宮司さん(右)と小林会長(編集リーダー)
標識 豊榮稲荷神社
この神社は、1961年(昭和36年)渋谷駅近くにあった田中稲荷神社(渋谷氏によって創建されたという。)と区内道玄坂上にあった豊澤稲荷神社が合祀されて建立された神社である。
社殿の扁額には両社の社号が刻まれている
標識 天台宗東福寺

渋谷山親王院東福寺は、承安三年(1173年)
圓鎭正によって、現在地に開創されたと伝えられてる。
東福寺は開創当初から、隣接する金王八幡(渋谷八幡宮)の別当寺で、渋谷区内最古の寺院として知られている。
標識 新南口駅を目指す→ パサージュガーデン周辺の8か所を通過する。 
標識
ヘ 並木橋児童遊園地へ向けて
イベント広場  防災倉庫


渋谷川、古川減勢槽 
動力制御盤(1)(2)(3)
この通りも鎌倉時代の軍道→ 並木橋交差点(出発点)戻る。
点線○印は旧東横線橋脚
編集後記
広報分科会も第4弾となり、各視察先の会長さんとの事前交渉が円滑に進められようになりました。
それに伴い訪問地である渋谷三丁目:高橋会長さんからの巡回ルート表を頂戴して、ジャストタイムで終了できまし事、本当にありがとうございました。
さて、過去に視察を終了した「常磐松」「心和会」「渋谷2丁目」「渋谷3丁目」の中心軸に金王八幡宮があり、この周辺への来訪者集めは“八幡宮の参拝と近隣商店廻り・町巡り”の接合が不可欠ではないかと感じました。


投稿者 m-park : 13:19 | コメント (0)


2014年04月01日

街歩き:渋谷2丁目

街歩きシリーズ第3弾 : 渋谷二丁目を散策する

渋谷東地区まちづくり協議会では8町会(4商店会)街歩きの催行を順次進めて参ります。

各会の話題のスポットを巡り、渋谷のそして地域の魅力を探ります。ご期待下さい。
 ●開催日時 平成26年3月4日(火)
 ●集合場所 宮益坂上、旧仁丹ビル前 (参加者:13名)
 ●時   間 16時30分~17時30分 ●座談会:18時~
町会の歴史

大正時代は、東京府下豊玉群渋谷町字青山南七丁目と言っていた。
昭和七年に区制が施かれて東京市に入り、上通一丁目、金王町、八幡通りといっていた。
この時代は変革ごとに町名が変わった。
更に昭和二十五年より区画整理が始まり、二十七年には「住みよい町会」四十一年住居表示変更に
より「渋谷二丁目町会」となる。



参加者:13名
集合場所:旧仁丹ビル前 街歩き地図と資料の配布

青山通り面に沿って 浅妻会長がこの通りの概況説明
 246 プランターによる緑化  誰もがふと眼を止める
右折、 最初の角で、イメージフォーラム! 映画館の出入口付近
 壁には懐かしいポスター  婦人客は次回予約券を購入:1,800円 との事
2筋目。街づくりを構築する努力が見られる。  カフェ:ファクトリー 昼間から営業してます
“女性に人気” 新しい感覚のすし屋  外国特製カーペット専門店
小休止を兼ねて、視察途中で感想と意見交換

下町の風情を持つ店舗が年々増える。

経営者が店舗の拡充と商品開発の意欲に燃えている。
ワハハ本舗(芸能社)を訪問:同社の現況説明 和菓子・青柳:製造販売店の味を堪能した。
 Factory shop渋谷工房  HERZ.FACTORY SHOP
工房と店舗  Organ(オルガン)レーザー、バックのお店
六本木通りに出て右折する
寿稲荷本殿
寿稲荷本殿 附 石造手水鉢(明和八年在路)
この寿稲荷本殿は、江戸時代に信州高島藩諏訪氏下屋敷の屋敷神として勧誘されたと考えられます。
明治13年(1880年)に旧徳島藩医あった長井医師がこの屋敷を購入し、子で薬学者の長井長義(日本薬学会初代会頭)の子孫が、昭和37年に日本薬学会に土地の一部を寄贈した。
  終り         

街歩きの催行に付いて、
渋谷2丁目町会の正副3会長さまにはご同行・ご案内並びにご説明を頂きありがとうございました。

街歩きを終了して、
私達、広報委員も渋谷2丁目をテーマーとして、事前調査に足を運びました。
そして、当日、街協の方も総員で10名がご参加頂きました。
編集にあたり、更に写真の撮り直し(1回)店舗の様子と経営者との対話もいたしました。(1回)
何故でしょうか、この街の方々は下町の風情と気質があり、何度でも訪問したい街だからです。
                                              広報委員会一同
→、野村副会長・浅妻会長・北田部長の皆様 座談会会場
御参加の皆様へ、ご出席ありがとうございました。


投稿者 photo : 09:53 | コメント (0)


2014年01月24日

書道教室

書道教室の新年会

1月23日に撮影

書道の基礎から古典の臨書、作品創作、日常に役立つ実用書など、

それぞれの希望のレベルに応じて指導を受けます。

仲間と楽しく、ゆったりとした時間を過ごしております。

お気軽に見学下さい。

教 場:渋谷区商工会館
指 導:(財)毎日書道会・会員 酒寄 旺舟
主 催:区商連中央ブロック「書道教室」

連絡先:明治通り宮下パーク商店会 3409-4069


投稿者 m-park : 22:25 | コメント (0)


2013年12月31日

美竹交番

美竹交番:12月20日の様子
美竹公園内・児童会館跡地・宮下公園周辺
安心・安全な環境に地域住民も期待:すでに効果が出ている。


投稿者 photo : 17:29 | コメント (0)


2013年03月22日

宮下公園の桜

タンポポが歩く交差点

ポが歩く交差点
赤い鼻緒のジョジョ履いたみよちゃんが、オンモに出たいと待っています。

明治通りを越えて街角をわたる風に、ふと春の香りがただよいます。

四つの季節があって、その折々の風情を楽しめる日本人は幸せです。

心がもよもよする季節の変わり目、中でも冬から春への変わり目、

そう、いま頃はとくに胸が躍るのです。


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名残雪を残して冬が行くと、渋谷駅近くの桜たちはすっかり準備を整えて、

3月22日満開となりました。

東口の交差点を渡る女性のファッションもいちだんと華やかになり、おや、タンポポが

歩いている、 そんな明るい気持ちにさせる渋谷の3月。

まもなく新社会人、新入生たちの弾む声がハチ公広場にあふれます。
寄稿:文士高野耕一氏


投稿者 photo : 18:23 | コメント (0)


2012年12月04日

一師走の候-

一師走の候-
忙中閑アリ
 11月下旬、奥日光にハイキングを楽しんだ。

戦場ヶ原の湿原に生育する植物はすでに枯れはてて、木の葉を落とした白樺が遠く

近くに乱杭歯のように見える様子はまさに初冬の景色であった。

季節はずれの平日のため行き交う旅人もまばらで、赤沼茶屋から湯滝まで2時間

のウォーキングはこの世に我一人の気分であった。

時折のぞく太陽の光は弱々しく一瞬ではあったが湿原や周辺の山々を明るく照ら

した。
  “遠山に日の当りたる枯野かな” (高浜虚子)

ふとこの句が頭に浮かんだ。

年末に思う
今年もいよいよ師走になりました。

年末の大仕事といえば、まず年賀状の宛名書きです。

最近はパソコンで一気呵成に仕上げてしまうのが主流です。

若い人の中にはメールで簡単に済ませる人も増えているようです。

でもメールでの新年挨拶は味気ない。

傘寿の大台にのると喪中のハガキが届いたり、老人ホームに入居したりと名簿は

櫛の歯が欠けるようになって寂しい。

それだけに遠く離れてたまにしか会わない友人、知人、お世話になった方々の顔

を思い浮かべながら近況をひと言そえて出す。

明日は我が身、身辺整理をと思う反面、国事多難の折、若者に負けないぞという

万年青年の気持もないではない。

これから日本を背負って立つ若者達に負の遺産を残したままにするわけにはいか

ない。

明るい日本の未来ということで思い浮かべるのは先月再選されたアメリカのオバ

マ大統領は選挙演説の中で再三“スバラシ未来”をと聴衆に語りかけていた。

今月16日におこなわれる衆議院選挙は史上最多の小党乱立。どの党に投票する

かは迷うところ。耳あたりのよい政策に惑わされず中長期視点でじっくり選びたい

ものです。
雪到来
この1年間ご愛読ありがとうございました。よい新年をお迎えください。
寄稿:河西理事


投稿者 m-park : 15:19 | コメント (0)


2012年11月02日

感性を豊かに過ごそう!

この秋 -感性を豊かに過そう-

暦の上では冬に入る。都会でも紅葉が見頃となり秋の深まりを感じる頃となりまし

た。 いま気になることがある。

街の中でも電車の中でも若者がピコピコケイタイ電話とニラメッコである。

便利グッズではあるが、これにのめり込むと生活にメリハリがなくなり季節の変化に

も気がつかなる。少し手を休めて自然に目を向けて感性を豊かにして欲しい。
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浅草の鷲(オオトリ)神社をはじめ各地の大鳥神社で行われる。開運や商売繁盛を

願う祭りで、酉の市が開かれると、今年も押しつまったとかんじるようになる。

渋谷でも酉の市がたつのをご存知ですか。それもごく身近かです。渋谷宮益御嶽神

社です、宮益坂の中央あたりにありビルに挟まれた鳥居をくぐり、長い参道を登って

いくときれいに整った社殿が姿を現わす。

ここで出迎えてくれる狛犬は全国的にも 珍しい日本狼の狛犬で一見の価値ありで

す。酉の市は今年は11月8日(木)の第一の酉の市と11月20日(火)の第二の酉の市

がたちます。

今年は色々な出来事があったが元気よく一本締めでおわってほしいものです。


この月わすれてならないのは11月23日の勤労感謝の日です。戦前は新嘗祭(にい

なめさい)といって、.農作物の収穫を感謝するとともに翌年の豊作を祈るという行事

であった。

この秋気がかりなのは、アメリカの天候不良で小麦や大豆が大不作であった。パン

や豆腐、納豆などの値上りが心配です。日本の農業政策は米作偏重であるが休耕

田を小麦や大豆などの作物転換に奨励金を出した方が効果的だと思うのだが。
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写真はアメリカオレゴン州の小麦畑
寄稿:河西理事


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2012年09月29日

テーマー:この秋におもう



投稿者 m-park : 18:10 | コメント (0)


2012年09月03日

テーマーは秋!

この秋におもう

記録的な猛暑からやっと解放され、空高く澄むさわやかな季節になった。

隣人の親しむ燈もれ来る” (菅裸馬)

残念乍ら、いま日本は経済不況のなか内外ともに多難な時をむかえていて、とて

も読書という気分になれない。

尖閣諸島や竹島、北方領土などの国際問題、原発ゼロ問題、若者の自殺など、

連日新聞やテレビで取り上げられている。

昨今、若者の自殺が急増している。

将来性ある若者が自分の命を縮めるということはとても痛ましいことである。

一人悶々と悩み両親にも先生にも打ち明けられず、相談する友人もいない。

と考えるとどんなにつらく絶望的な日々であつたろうか言葉もない。

政府も教育委員会も遅ればせながらカウンセラーを置いたり、アンケートをとったり

色々いじめ対策を講じているが、根本的な解決にはつながらない。

それよりも身近で毎日子供と接触している両親や担任の先生のあり方にこそ大き

な影響があると考えられる。

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親子の絆

先月「デジタル教科書を考える」で “人間は楽で便利な環境にあると頭も身体も

使わなくなってしまう”ということを書いた。

よく人生とは年輪を重ねるようなもの。年輪の芯にあたるところは子供時代であ

る。

もし、この芯のところが空っぽか寂しさのようなもので占められていたら人生という

樹木は少し強い風が吹くと簡単に倒れてしまう。

「絵本のある子育て」20号特集に「年輪の芯としての子供時代が愛情と慈しみに

彩られ・・・たくさんの楽しみと喜びに恵まれているとすれば・・・きっと人生を肯定

的で楽天的にとらえることができる。

今の世の中、両親は共働き、いつも何かに急きたてられるようにバラバラの生活を

送っている。忙しさの中に埋没した他を思いやる気持が薄らいでいる。

週に一回でも夕食を家族揃って食卓を囲み、親子での語らいの時間があると子供

の成長や変化を感じることができる。

NHKのドラマ「梅ちゃん先生」に出てくる町工場に集団就職した東北出身の少年

がおじいちゃんから教えられた「格言」が周囲の人達に大好評。

テレビのない時代には父親や祖父の言葉が日常生活や人生に大きな影響を与え

ていることがよくわかる。


慈眼愛語

子供を孤立化させないためには「朝の挨拶」が有効ではないかと考える。

子供は素直であるだけに大人が知らぬ顔で素通りすると挨拶は返ってこない。

こちらから気持よく声をかけると登校途中でも廊下でも子供から笑顔で挨拶が返

ってくる。

教室だけが教育の場でない。

毎日、大勢の子供と接する先生は一人ひとりに答礼するのは大変かもしれない。

うなずくだけでもよい。いつでも温かい目を注いでやる。慈眼愛語である。

内気でひっ込み思案の子供でも義務的でなく、常に親身になって接してくれる

先生には悩みをうちあけやすいのではないかと考える。
寄稿:河西理事
この秋に思うこと
”草の戸の残暑というもきのふけふ“(高浜 虚子)

九月初旬はまだ残暑が続きますが、朝夕は秋の気配を感じます。

ロンドンオリンピックは記憶に新しいところですが金メダル7ケをはじめ銀・銅を含めて

38ケは過去最高の成績をあげた、特に女子の活躍が光った。体格の劣る日本人が

世界のトップアスリートに伍してメダルを獲得するということがいかに大変なことなの

か,本人は勿論・家族や関係者を含めた総力の汗と努力の結晶という他はない。

今の世の中は体も頭も使わず楽に生活できる便利な世の中である。

それだけにスポーツの祭典オリンピックは極限まで体力と精神力を鍛え上げたアス

リート達の必死の闘いが人々の気持を沸かせたのであろう。

いま気になっていることがある。

それは文科省がデジタル教科書を全小中学に導入を検討していることである。

先月、読売新聞に「デジタル教科書を考える」特集の中で川島東北大教授がなぜ

電子書籍を使うのかの理由には電子書籍は多くの情報が楽に手にはいること。

しかし、と教授は言う、人間は楽で便利な環境にあると頭も身体も使わなくなってし

まう。

又、紙の本で調べていたときは思考があったが、インターネットを使った物調べでは

情報の表面を見るだけになってしまうという。

全く同感で、知能も体力も未発達な子供には多少不便でも頭を使い手を使った教材

が基礎、基本の習得には大切。

昔から“ヨミ・カキ・ソロバン”とはよく言ったもの。

又、教える側からも注意しなければならないのは教材の与え方である。

楽な便利グッズだとそのまま丸投げして済ませてしまう危険性がある。

いわゆる手抜き授業である。先輩教師によく指導されたのは“教科書”を教えるので

はなく、教科書で“教える”ということだった。「をとで」の違いである。

教科書をそのまま字句通り教えるのではなく、授業が楽しく興味を持つよう教材を工

夫しておしえるということであった。

教科書は国が責任をもって、次世代に伝えること、文化の遺産を厳選したものです。

今デジタル教科書を導入しようとする人たちはその覚悟を持っているのでしょうか・・・

と斉藤孝 明大教授の言葉が印象的であった。
河西理事寄稿


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2012年07月02日

節電と消夏法

節電と消夏法

太陽のまぶしい季節となりました。
7月は七夕(タナバタ)月ともいわれ、夜空に星がキラキラトきれいに見える月。
“荒海や佐渡に横たう天の川”(松尾芭蕉)

今年はクーラーや扇風機が節電で十分使えず暑い夏になりそうだ。そこで脚光をあびるのが日本古来の消夏法である。
チリン、チリーンという響きを聞くと、風が吹いているなと頭の中で涼しさを感じる。ちなみに風鈴はもともと占いの道具で、竹林にさげて風の向き、音の鳴り方で吉凶を占ったそうだ。
すだれ、うちわ、水うち、ゴーヤのカーテンなど手軽に活用できる。
夏の夜空を色どる花火。夜空に広がる光の花が開いて、少し遅れてドーンと響く音、そして歓声があがる。そして静寂が訪れる。
先月隅田川から見物したスカイツリーと花火をダブラせてなつかしく思い出す。


 
なんでも反対―それで?

 ある町会の総会での話し、中年のご婦人が配られた町会名簿を手にして“この名簿はプライバシーの問題であり、また悪用される恐れがあります。”と町会名簿不要論をのべた。
たしかに最近高齢者を対象にオレオレ詐欺やニセ証券商品の儲け話し、還付金詐欺などに名簿が悪用されていることは確かである。
しかし、名簿は町会の諸連絡や活動には必要な情報資料である。
昨年の東日本大震災のさい、安否情報、人数確認にこの町会名簿が大いに役立ったと聞いている。
会長の立場としてメリットとデメリットの両面があることをふまえて“それで”と次の言葉を促す。
現在の日本社会の傾向として ナンデモ反対が大衆にうけている。それに対して“こうしたら”という発展・改善の策がない。
福井の大飯原発再稼働についても、すぐ原発絶対反対のノボリがひるがえる。
福島第一原発の事故を経験して、原発はないことが理想である。
しかし現実の世界は複雑である。そこで“それで?”と自問自答。現在、世界の状況をみると、ユーロ圏の金融危機はギリシャに端を発しスペイン、イタリアと波及して日本にも影響が及んでいる。
現在、日本の産業は外国の安価な製品に圧倒され売上が落ちている。
その上コストの高い電気料金が加算されると、更に国内産業が衰退し、失業者が増加するということになる。かってのジャパン アズ NO.1の時代ではない。日本は世界を相手に厳しい試練の時代なのだという現実を考えると答は複雑だ。
橋下大阪市長は夏の電力不足をしのぐために限定的再稼働を容認する半歩前向きの発表をした。
しかし、“それで”夏以降はどうするかの答えを聞きたい。
河西理事寄稿


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2012年06月01日

天空を望む

天空を望むー(金環日食)
いよいよ夏至の六月である。

“六月や遠目して見る雲の相”(岡村進一)

太陽は高く輝き、一年中でいちばん日の永い時。その天空に先月21日の朝、金環日食が東京でも観測された。

当日の朝、日頃仕事や学校で忙がしく顔を合わせることの稀な近所の大人や子供達が道路にあふれて空を見上げる。
お互いに観測用メガネを貸し借りして時を待つ。
生憎くもり空であったが くも間にはっきりと黄金の環が見られ、思わず歓声が上がった。
今後 日本全国での広い観測は300年後だという。

天空を望む=(東京スカイツリー)

今年は昨年おきた東日本大震災のショックから立ち直ってきており明るいビッグニュースが続いている。
4月には渋谷改革のシンボルとも言うべき渋谷ヒカリエが華々しく開業して話題をよんでいる。
5月に入ると墨田区にできた東京スカイツリーが開業した。
着工から3年10か月。電波塔としては634メートルと世界一の高さだけに国内だけではなく世界中から熱い視線が注がれている。
450メートルの天望回廊からの秀麗富士の眺望は圧巻であろうことは想像にかたくない。
それあらぬか、入場券は7月10日までは完全予約で、それも抽選で当たらなければ入場券は入手できない。
それならばと、我が商店会では逆転の発想で隅田川に船を浮かべて、下から見上げるのもまた乙なものと。
春の親睦旅行は屋形船からのスカイツリー観覧となった。   
              
隅田川といえばすぐ思い浮かぶのは小学唱歌の「春」である。

(一)春のうららの 隅田川  (二)見ずやあけぼの 露あびて     
   のぼりくだりの 船人が    われにもの言う 桜木を
   櫂のしずくも  花と散る   見ずや夕ぐれ 手をのべて
   ながめを何に  たとうべき  われさしまねく 青柳を

明治、大正、昭和そして平成と四世代にもわたってうたいつがれてきた名歌である。
作詞は武島羽衣、作曲は当時21才だった滝廉太郎。
時は桜が咲き、柳は青々と茂る春の隅田川のたとえようもない美しさを歌った曲。
いまは夏、涼風が川面を吹きわたり料理は山海の珍味。
眺めよし。まさに“げに一刻も千金”のあたいというべきもの。
天望デッキから東京の街並を見下すのもよいが喧噪をのがれて船の中から見上る東京スカイツリーは遠くから見る富士山と同じで美しく見える。
夜のおとずれとともにこのタワーがライトアップされる。
隅田川の水色をイッメージした水色の輝やき、江戸紫をイメージした紫色の二色が30分おきに夜に映える。
夏の夜空を色どる隅田川の花火大会には花火とタワーのライトアップの競演が見られるかもしれない。
寄稿:河西理事


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2012年05月02日

夏も近づく八十八夜

夏も近づく八十八夜 

「うすうすと窓に日のさす五月かな」(正岡子規)

晩春に比べると日の光も強くなり、草木も緑の濃さを増し、花々も一段と色鮮やかになってきた。
暦の上では夏到来の立夏を迎える季節である。
「夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る」という小学唱歌が頭に浮かぶ。
今年の八十八夜は丁度立春の二月四日から数えて五月一日が丁度この日である。
この時期は茶摘みには最適の季節。
八十八夜に摘みとられたお茶を飲むと
一年間無病息災で過ごせるという不老長寿の新茶として大変おめでたいものとして貴重がられている。              
当会の静岡茶つみ旅行がなつかしい。
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あいさつ

先月の話で恐縮ですが近くの小学校入学式に町会代表として招待された。
祝辞に何を話そうかと考えたが長すぎると児童は飽きてしまう。
短くて心に残る話しがよい・・・・と考えて「あいさつ」をテーマに話すことにした。
最近、一人ぐらしの高齢者の孤独死が多い。
都会では隣近所の付き合いが疎遠となりがちになっているも無関係ではなさそうだ。
退職してから我が家の周囲を散歩することを日課として始めた。
犬の散歩をしている人達によく出会った。
多分近所の住人であろうが、例外なく、犬以外に関心がないのか顔もあげずモクモクと通り過ぎる。
最初の頃は声をかけるきっかけをつかめず、何となくすっきりしない日が続いた。
晴れたある日、思い切って“今日は 元気なワンチャンですね”と犬を賞めた。それがきっかけで時候のあいさつをするようになった。
子供連れの母親の場合は子供に手を振って“コンニチワ”と手を振ると殆どの親はニッコリと返事が返ってくる。
小中学生も目覚めが悪いのか無表情な顔をして登校していく。
こちらから“オハヨウ”と声をかけると驚いたような顔をする。
根気よく声をかけているうちに、子供の方からあいさつをするようになり笑顔もふえた。
「あいさつ」は心と心の潤滑油というのは真理である。
入学式で校長先生が登壇して“新入生の皆さんおめでとうございます”と挨拶をすると新入生の中から“ありがとうございます”と可愛い声があがった、それにつられて新入児童全員が“ありがとうございます”と大合唱になった。
この予期せぬ反応に校長先生も思わずニッコリして“皆さんは礼儀正しいですね”と賞められた。
いま学校では「知らない人に声をかけられてもついていかない」という指導が逆に人間不信につながってしまわないかと懸念される。
明るい街づくりのためにも隣近所の人達は子供を含めてお互いに気持ちのよいあいさつができるようにしたいものです。
河西理事寄稿


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2012年04月02日

うつくしいと思える心

うつくしいと思える心

陽気がよくなって散歩も少し遠くまで伸ばすことが多くなった。
サクラの花もほころび ちょっと注意して見まわすと桜の木が多いことに気がつく。
公園は勿論のこと、小さな庭隅にも植えられている。
近所を流れる名もないような川の両岸に植えられた桜並木でも見ごたえがある。
川を覆いつくすさまは かって東京市がワシントンに贈ったポトマック河畔のサクラ並木に比すべくもないが、花の雲をつらねたようで通行する人々も思わず見とれてすまう。
我が家の裏の鎮守の杜に老桜樹があった。
しかし毎年開花寸前に花屋が商売用に枝を切って持っていってしまう。
そのため年々樹幹が弱り、その上毛虫も大量発生する。
老残を見るに耐えず社主が切り倒してしまった。
昔から“桜切るバカ梅切らぬバカ”と言われているが全くその通りである。
サクラの花は近くで見るのもよいが、遠く離れて見た方がなお美しい。
“うつくしいものを   美しいと思える”
“あなたのこころが    うつくしい”(みつお)
若い頃はお花見というと“花よりダンゴ”で喰い気が先、お酒がまわって無礼講となるのが恒例であった。
相田みつおさんのことばはひとそれぞれ体験した人生観によっていろいろ受け止め方があるだろう・・・・が
馬齢を重ねた今は素直な気持ちで美しいものをうつくしいと受けとめることができる。

―苦を楽に変える川柳―

四月は入学式や入社式の時期である。
この時期は去る人来る人悲喜こもごもの重なるときでもある。
こんな重苦しい雰囲気を笑いに変えるユーモアのセンスを発揮する日本人のお家芸「川柳」が今はやっている。
その火つけ役となった第一生命企画の「サラリーマン川柳」は有名である。すこし古いが1999年九回裏版に人生の哀歓をよんだうたが載っていて共感を覚えた。
“入学式かれもかのじょも社の宝”(入社三十男)
入社時には皆会社のホープと期待される。
そしてなかずとばず期待をもされず平々凡々とした会社づとめも、ついに定年を迎える。
「定年の表彰状が初受賞」(万年ヒラ)
長年の勤務のなかで表彰状は感謝状一枚のみで退職となる。ごくろうさまでした。
先月のことだが明るいニュースとして「震災川柳」なるものが被災地の東北大学から刊行されたとテレビ放映されていた。なんとなくみていたので正確ではないが
「帰り道みなれたガレキはぼくの物」(小学生)
「津波にも流されはしない郷土愛」(?)
など苦しさを笑いに変える日本人のユーモアの精神健在に拍手を送った。
hna-1.jpg 河西理事寄稿


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2012年02月27日

桜と地震

桜と地震
土の中で冬眠していた虫が目覚め地上に姿を現わし始めていよいよ本格的な春の訪れを感じる。
3月は「桃の節句」ひな祭りで幕を開ける。
東京のひな祭りの行事としては浅草で3月3日の直前の日曜日(今年は2月26日)に吾妻橋のきわから短冊を流す流しびなが行われる。
渋谷でもこの流しびな行事が行われていることはあまり知られていない。
例年 渋谷明治神宮で「ひな祭り子供大会」が行われている。
祭りに参加する子供たちと親が願い事を書いた短冊のついたひなを神宮の北池に流す。(今年は2月26日、事前予約が必要)
3月で一番の楽しみは桜の花見である。
気象庁は例年東京九段の靖国神社にある標本木で5・6輪の花が咲くのを確認して開花宣言を行ってきた。
一昨年(平成22年)は気温が高めで、早々と3月22日ソメイヨシノの開花宣言。 
昨年は6日遅い3月28日開花であった。今年は寒さが厳しく3月中に開花するかどうか気のもめるところである。
”さまざまの事重い出す桜かな”(芭蕉)  


代々木公園
園内いたるところで桜が見られるが、ことに渋谷門近くにある桜の枝が重なり合い満開時は美しい。
種類はソメイヨシノが主となっている。東京23区内の都市公園の中で五番目に広く、森林公園地区と広場地区とに分かれている。
3月下旬~4月上旬
500本
オオシマザクラ、ソメイヨシノ、
ヤマザクラ

桜の季節で思い出すのは昨年の東日本大震災である。
M8.8世界最大級の地震から今年11日で丸一年たつ。
大津波速度はジエット機なみ、その時都内でも震度5強、帰宅の足大混乱、火災や水道管破裂が相次ぐ。
当時の新聞(読売)によると、渋谷駅ハチ公広場では大きな揺れに見舞われた瞬間スクランブル交差点を渡ろうとした人たちが一斉に立ち止まった。
駅ビル越しに見える建設中の高層ビルに取り付けられたクレーンが大きく左右に揺れ動き不安そうに見上げる女性もいたとある。
今年にはいり東京大学地震研究所が首都直下型M7級の地震が今後4年以内に70%(あとで50%に訂正)の確率で発生すると発表。
死者1万5000人 経済損失は112兆円という試算。
昨年の震災の時、首都圏の鉄道が長時間運転を見合わせた。
駅周辺は帰路を急ぐサラリーマンや学生で埋めつくされた。
ケイタイも一般電話も使えず情報提供もなく、不安にかられて、ただ、群衆の流れにつられて歩きまわった人が多かったと聞いた。
正確な情報がないということはメカクシをされていると同じで、群集心理に左右され易い。
今回の大震災の教訓として、各駅や公共機関、広場に正確な情報を提供する常設の掲示板設置が検討される。
また、東京消防庁は今まで「グラツときたら火の始末」としていたのを「まず身の安全を最優先に行動する」を強調する。
「まず消火が重視されなくなったのは震度5程度のユレを感知すると自動的にガス供給が遮断されるマイコンメーターが普及したからである。
又特に高層階(10階以上)では下層階より大きく揺れることにより家具転倒落下したことがわかったからである。
 ”備えあれば憂いなし” 平凡な言葉であるが改めてかみしめたいもの。 
河西理事寄稿


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2012年02月03日

春は名のみ

春は名のみ

月日のたつのは早いもので、年賀のご挨拶を交わしたと思うのも束の間、早や如月(きさらぎ)である。
体感的には2月が最も寒さの厳しい時であるが暦の上では春である。
三日の節分は冬から春への変わり目を意味する。
今、都内の各家庭ではどの位豆撒き行事をしているのであろうか。
子供の頃(昭和十年代)には夕食前に父親が豆を入れて神棚に供えておいた一升枡を持ち、その後を子供が家の全ての部屋を巡って豆を撒いた。
雨戸を開けて大きな声で“オニワソト”と豆を庭にまく。
それを合図かのようにあちこちの家から“鬼は外”の声が聞こえてくる。
今でもありありと目に浮かぶ心なつかしい風景である。
玄関前に割り箸に鰯の頭をはさみ柊(ひいらぎ)の枝を添える。
割り箸(又は薪)に二十九の目(横線)を炭で書く。
鬼はその目を数えて確かに今月は二十八日なりにおかしいと思って家に入るのを躊躇する。
語呂を合わせるということは日本人得意の智恵である。
豆を入れる「一枡(ヒトマス)を「いっしょう」と詠んで人の一生にたとえる。
南天は「難を転じる」といって招福の意味で飾る。
豆撒きのような四季折々の生活の知恵は日常の生活に節目をつけ色どりをそえ、心豊かな人間関係を育むものとして時代をこえて後世に伝えていきたいものである。
二月は小春日和があるかと思うと降雪もあり油断ができない。
春は名のみということか。そんな寒さの中でも


“梅一輪一輪ほどの暖かさ”(嵐雪)
徐々に日差しが長くなって春が待ち遠しい。
今月の楽しみは梅見である。

ume-1.jpg
“白梅のあとに紅梅の深空あり”(飯田龍太)

まず清楚な白梅が咲く。少し遅れて色鮮やかな紅梅が咲く。
桜の花見のような華やかさはないが、ほのかな香りを楽しみ楚々とした花を賞でながらの散歩は楽しみである
河西理事寄稿


投稿者 m-park : 17:36 | コメント (0)


2011年12月05日

四文字熟語

日本人は四字熟語がお好き
早いもので師走に入りました。
行く年を静かに省りみるとなんと一年の早く過ぎること光陰矢の如しです。
今年は国内も海外も天地がひっくり返るような大地震、津波、洪水、経済危機更には原発事故など心の休まるヒマも無い不安な まさに
「天変地変」の年でした。

そこでふと気づいたのは四文字熟語です。僅か四文字で色々な事柄をその背景を含めて比喩的に表わすことができる。
昨今では入学試験や漢字能力検定試験 更には芸能人がテレビで漢字問題を競い合ったりして、
人々の四字熟語に対する関心は非常に高い
かって
「素志貫徹」をモットーとしていた野田首相は政治不振を払拭するために「中庸政治」を目指すと明言して登場した。
それから五ヶ月 TPPに関し
「有言実行」をアピールして存在感を示している。
四字熟語愛用の首相である。
作家の堺屋太一氏は今の政治を改革するには明治維新にならって政治家の平成の「版籍奉還」を提言した。
相撲界に目を転じると、新大関になった琴將菊の口上は宮本武蔵の“一切の迷いがない空の状態”になる
「万里一空」の境地で精進するという。
言葉通り九州場所で迷いなく落着いた相撲をみせた。
ちなみに貴乃花は
「不堯不屈」若乃花は「一意専心」であった。
モンゴル出身の横綱白鵬は「全身全霊」と覚悟の程を示している。
東北地方を襲った未曾有の大地震に被災地の人々は一時
「茫然自失」の態であった。
しかし、そこは東北地方の人々の忍耐強さ、すぐに立ち上がった。
世間の人々も
「拱手傍観」せず救いの手を差し伸べた。
日本はもとより世界中の人々から善意の募金やボランボランテイアがかけつけた。
「有為転変」の世の中であるが人間として常に前向きに出来る限りの努力をして「人事をつくして天命」を待つのが、日本人の真骨頂である。

これからの厳しい冬はカボチャ(ナンキン)など「ン」のつく栄養食品を食べて元気で乗り切りたいものです。

「ン」のつく食品7種「レンコン」「ナンキン(カボチャ)」「人参」「ぎんなん」「きんかん」「かんてん」「うどん」
yonji-1.jpg yonshu-7pg.jpg yonji-2.jpg yonshu-6.jpg yonji-3.jpg
今年一年ご愛顧ありがとうございました。
よき新年をお迎え下さい。
寄稿:河西理事


投稿者 m-park : 14:07 | コメント (0)


2011年11月01日

街の浄化


街の浄化“見て見ぬふりをしない”

久しく渋谷の街は文化情報発信の地として注目を集めてきた。
テレビは良きにつけ悪しきにつけ渋谷のまちをニュースとして取り上げる。
渋谷は原宿と隣接していて若者が都内だけでなく地方から陸続として集まり全く歓楽街の様相を呈している。
かって老若男女が落着いてショッピングを楽しむ雰囲気はない。
先月地元商店会のメンバーが街の浄化のために見廻っている様子がテレビで放映された。
道路にはみ出した立看板、ブレーキなし自転車の乗り入れ、派手服の若い女の子達の徘徊、執拗な客引き、更にはヤクの密売などの光景は渋谷を愛するものとして何ともヤリキレナイ。
今迄も地元警察や有志の方々が巡回していたが、今回は本腰を入れて再三注意しても聞かない者には一喝していた。
多くの若者は注意を素直に聞くが、なかには反抗的な態度をとるものもいる。
中高生位の女の子数人が道路端に座り込みタバコを吸っている。
注意をすると軽くハーイと返事をして腰をあげるが少し場所を移動するだけ。心の中ではうす笑っている態度がアリアリ見える。
bouhan-3.jpg
小さい頃(昭和初期)地ベタ(地面)に座ったりすると、親から“乞食のような真似をするな、だらしない”と叱られた。それが今でも頭の片隅に残っていて、どんなに疲れていても地ベタにすわることに抵抗感がある。
親は世間態もあるが我慢とか忍耐ということを身につけさせたかったのであろう。
ひと昔前は人に迷惑をかけるような行為をすると、見ず知らずの人でも注意するお節介役が居たものである。

斉藤茂氏は「人生訓」の中で「才ある若者もふつうの老人に及ばない」
若いうちはまだ世間の移り変わりを知らない。考えの浅い若者は老人の言うことがまわりくどく、今どきのやり方とかけ離れて時流に合わないと思い、とやかく父や祖父を軽視しがちとなる。・・・
若いときは物事の道理がわからないものだ。
長い間に色々な事を経験し、年老いてはじめて父や祖父の言うことが道理にかなっていることに気付くのである。と・・・・・
最近は全般的に迷惑行為を見て見ぬ振りをする。
若者のなかにはすぐ切れる者もいるので危害の及ぶことを恐れてか、関ることをさけるということであろう。このような風潮が強まると大変なことになる。

ごく最近のこと、中国で2才の女の子が自動車にはねられて、路上に倒れていても誰も助けようとしない。
7分間そのまま路上に放置されていた。その間大勢の通行人や自動車が気づいていながら避けて通っている。
生死にかかわることなのに面倒なことにかかわりたくないということか。
自分本位の人情は紙より薄くなってしまった社会は草木の生えぬ不毛の砂漠である。
かって日本人はマナーとか思いやりがある国民であったが、近年は極端に治安が悪くなっている。
そこで一部有識者の間から「道義不法行為を許すな、社会全体で注意喚起を!勇気をもって注意する人を孤立させるな」と呼びかけをはじめている。同じ思いをしている人は多いと思う
安心・安全・綺麗な街の構築!! seisou-1.jpg
seisou-2.jpg 清掃活動に
街の事業者・商業者の参加者が増加する。
“人から人へ”
seisou-2.jpg
当商店会で参加している「まちの清掃活動」もこの運動の一環です。
心からこの運動を応援したい。
河西理事寄稿


投稿者 m-park : 14:44 | コメント (0)


2011年10月08日

癒しの色鉛筆 パートⅢ

hosaka-9-thumb[1].jpg

しばらくぶりに私の色鉛筆画をお送りします。



茨城県大洗海岸

波頭:岩を食む波頭がとても印象的だった
.



蓼科白樺湖の夕景


清水寺夜参り


山中湖からのご来光


三渓園


白川郷古民家
保坂宏氏の作品はヨーロッパ・中国大陸・国内と多くの作品があります.

作品のご提供ありがとうございました(広報委員会)


投稿者 m-park : 12:43 | コメント (0)


2011年09月30日

秋の夜長に思う

秋の夜長に思う

彼岸をさかいに秋らしい高い空が続き、夜もだいぶ長くなってきました。

耳を澄ませば草むらから虫の音が聞こえてくる。


“わが影の壁にしむ夜やきりぎりす”(大島蓼太)

うす暗い灯火のうつる壁で鳴きつづけるコオロギを聞いていると秋の夜の静けさがしみじみ感じられる。
作者は江戸中期の人で「きりぎりす」はコオロギを指した。

最近自転車のペタルをこぐのがとっても重く感じちょっと坂道にかかると次々に抜かれていく。
油切れかと要所に油を差してみたがあまり変わらない。
一昨年購入したばかり、頑丈さだけが取り得かな。
もっと軽いものを買えばよかったのかなと思ったりして、友人の車を借りて乗ってみたが、私のものと大差はない。
そこでフト気が付いた。
もしかして自分の脚力が劣えたのでないか?
いつまでも若いと思っていたが着実に体力が劣えているのである。
人の寿命はわからない。天寿については先月少しふれた。
人にはそれぞれ人智では計り知れない寿命がある。
科学がどんなに進化しても天寿を計測はできない。
わからないから一生懸命生きようとする。
それがもしあと何年、何ケ月とわかったら生きる気力を失う。
たとえ医者から“あと何ケ月”と宣言されても天寿は別のものと考えれば精神的に救われる

教え子の同級会に招かれて“長寿の秘訣はなんですか”とよく聞かれる。
そんな時は座右の銘として下記のような色紙(先輩からの受け売り)を書くことにしている。
まさに読んで字の如く心を平安に保ち和顔愛語で日々を過ごすことこそ長寿の秘訣なり。
秋の夜長を読書でもして静かに過ごしたいものです。

寄稿:河西広報理事


投稿者 m-park : 10:54 | コメント (0)


2011年09月02日

天寿

天寿
今年の夏は異常に暑かった。
私の住んでいる練馬はついに37度を超えた。
人間の体温より高い蒸し風呂に入っているようなもの、その最中、胃腸をやられ脱水症状となった。
体内の水分が失なわれ、発汗作用が低下し、体温が急上昇した。
まさに熱中症であった。水分補給が必要だと思っても身体が受けつけない。高齢者にはつらい夏であったが、ようやく秋の長月(ながつき)となった。
敬老の日も近い。
今や日本は世界一の高齢社会である。昭和61年の統計によると百歳以上の長寿者は
1,851人であった。
世界一の長寿者泉重千代さん存命の時代で、老人は家族同居志向が強く頼りは我が子よりも嫁の介護希望が圧倒的であった。
あれから四半世紀の間に10倍以上の2万3,000人と急増している。
家族構成も変わり核家族が多くなり、嫁に介護を受けるのは夢のまた夢ということになりそうだ。
病気になると体力よりも気が萎(な)えてしまう。このまま回復しないのではないかと気をもむ。
しかし人には天寿があると考えれば気が楽になる。
天寿を全うすることが生きている者にとって大事なことである。
かって芝増上寺法主、椎尾弁匡師は「長寿の第一条」は「頭を使い気を使わぬ」ことだと言った。
現代はストレスの多い時代である。「気を使わぬ」ということについてはいつかまとめて触れてみたい。
天寿-1.jpg
閑話休題
先月「鮎」は夏ものという話題を提供したところ、当商店会の小林会長から「あゆが季節により“炭”と“タレ”を替える」という参考資料をいただいた。
(6 月~8 月)― 夏の鮎(若鮎―なら炭・梅酢(香りよし)
(9 月~10月)― 秋の鮎(熟鮎)-かし炭・こぶじょう油(こってり感)
(11月~12月)― 冬の鮎(落ち鮎)-竹炭・かし炭・柿の味噌(白子の卯)

料理は冬季限定の塩ガツオ茶清からはじまり季節によって鮎そうめん、鮎の炊き込みごはん、鮎寿司、鮎の刺身・・・と和の料理は本当に奥の深いのがわかります。
河西理事寄稿


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2011年07月01日

<美しい日本語=2>

おはよう   <美しい日本語=2>

7月は季語でいえば晩夏ということになるが体感温度からいえば盛夏である。
“炎天や行くもかえるも溶岩のみち”(左右)
東京はアスフアルトジャングル。
真赤な太陽に熱せられた道路はまさに焼けただれた溶岩の上を歩くようなものである。
今夏は計画停電と節電でクーラーはなるべく使わない。

今こそ日本古来からの生活の知恵―打ち水、うちわ、すだれ、それに風鈴、花火、朝顔など五感を使って冷しく過す工夫をしたいものです。
uchiwa-1.jpg sudare-2.jpg huurin-4.jpg hanabi-5.jpg

前回日本の言葉の乱れについてふれました。その続きです。

買い物客で賑わう午後のスーパーマーケットの光景。
いきなり“何をモタモタシテンダヨ、本当にグズナンダカラ”と3歳位の男の子が若い母親から叱られていた。
あまりの乱暴な言葉づかいに つい母親の顔を見てしまった。
又、いまテレビで品のない言葉を売りものにした若いお笑い芸人をよく見かける。
受けをねらってのことであろうが、これを見ている子供達はどんな精神的影響を受けて育つのだろうか・
幼年期の子供は精神的に大変な勢いで成長している。
その成長期にはできるだけ質の高いすぐれたものを伝えたいものである。

この言葉について「日本語はなぜ美しいのか」(黒川伊保子)に興味深い解説がある。
少し長いが紹介します。
「朝よ、おはよう」母親がそう言って赤ちゃんを抱き上げるシーンを想像してほしい。
アサという発音体感には爽やかな開放感がある。・・・「朝よ、おはよう」と声をかけた母親は無意識のうちに自分の発音体感によって爽やかな、弾むような開放感を味わっているのだ。

さて注目すべきは、赤ちゃんの脳である。赤ちゃんには目の前の人間の口腔周辺の動きを自らのそれのように感じとる能力がある。
このため、母親が無意識に感じている、爽やかな空気や、抱き上げてくれた母親の弾むような気分とともに、脳の中に感性情報としてインプットされていくのである。
我々大人は幼児は何も知らないし何も感じていないと思っているかもしれないが、赤ちゃんは敏感に感じとっているのである。
挨拶の言葉ひとつとっても人に与える影響は大きいものである。


“今日は ありがとう こんばんは さようなら
あいさつするたびに友達がふえるね“
これは今 日本人を元気にするPRのことばです。

日本人は、この四季のある美しい日本列島に長く暮らしてきた。
同じ風土の中で、同じ生活習慣をくり返してきた。
そして日本人の身体にも意識にもしっくりと合った日本語が培われてきた。
この美しい風土で、日本語で優しく語りかける母親に抱かれて育った子供には日本語が美しいと感じられるのはごく自然のなりゆきである。
河西理事寄稿


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2011年05月04日

勇気づけられる言葉

勇気づけられる言葉

未曾有の大震災から早や1ヶ月余
そんな状況の中でも東北地方に春は巡ってきている。
福島・三春のしだれ桜も例年に増して見事な花を咲かせている。
端午の節句には五月晴れの下、悲しみをのり越えて勢いよく泳ぐ鯉幟が見られるのも復興の力強い象徴のようで頼もしい。
今回の東日本大地震・津波、その上、原発被害というトリプル災害は風評被害もあって世界中が復興に注目している。
被災地では消防・自衛隊、米軍の友だち作戦、ボランテイアが大活躍している。

一方政府レベルではどうであろうか。
管首相は孤軍奮闘しているが、すべてに気配りすることはむずかしい。
去る21日福島原発の避難会場を首相が訪れた際、会場を後にしようとしたところ“もう帰るんですか”という被災者の声。
同じ被災者でありながらお見舞いの声もかからず素通りされたのではヤリキレない。管さんをサポートする気配りの人はいないのか。
統一地方選挙も民主には味方せず、政局が混迷の度を深めている。
今こそ管首相は党利党略をこえて挙党一致で国難に立ち向かうべきだと思うのは私一人だけではないと思うが。


先日友人からTwitter(60Isakura)のコピーが送られてきた。
  「この国難とも云うべき大変なとき・・・・・我国古来からの名言
“敵に塩をおくる”。管民主党政権を助け、この国難を乗り切れば自民党の支持も上がり、いつの日か政権に返り咲いた時には、野党となった
民主党も手を貸すであろう・・・・・」 まったく同感である。


人間一生の間には災害にあったり、病気や仕事で行きづまることがある。
そんな時暗闇の中で一筋の光のような言葉に勇気づけられる。
“皆がもう行き止まりだ、と思っているところから始まっているようなこの人生の愉しさ“
不治の病に冒されて絶望の日々を送りながら、明るい気持を持ちつづけた
堀辰雄の「風立ちぬ」の一節である。
朝の来ない夜はない。
明るい気の持ちようこそ困難を乗り越えるくすりである。
河西理事寄稿


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2011年04月04日

備えあれば憂いなし

備えあれば憂いなし

天災は忘れた頃にやってくるというが、東日本巨大地震は生まれて初めての恐ろしい経験であった。
被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
平時は聞き流していた地震の備えも身近に災害が発生すると慌てて準備する。
我が家でも食器戸棚の蝶番(チョウツガイ)を買いに近所のホームセンターに走った。
時すでに遅し、在庫ゼロ。
普段山積の米袋の山もティッシュペーパーの棚もからっぽ。
群集心理というのか緊急な必要性もないのに、つられて買い占める。
お米は命の綱といっても関東大震災の当時とは異なり、政府の備蓄米も充分ある。パン食も普及している。
ついでに言えばお米は精米したその日から少しずつ味が落ちる。
理想的には、大体10日位ずつ精米した米を買うのがよいと祖母から聞いた。



東日本大震災:サンデー毎日増刊号


今回の大地震は地震そのものよりも津波による被害が大きかった。
被害の大きさは日を追うごとに拡大し地震発生から2週間たった25日現在の死者は1万35人、行方不明者は1万7千人を超えた。
それと原子力発電所放射能漏出、電力供給不足による計画停電とダブルパンチであった。
それにしても東北地方の人は忍耐強い。
こんな未曾有の大災害に遭いながら“生きていることに感謝”という高齢者や悲惨なドン底にいながら“ゼロから出発だ”という事業者に頭が下がる。
9日ぶりに救出された80歳の祖母と孫の高校生の生命力にも感銘を受けた。

昨年渋谷で官民合同の広域災害避難訓練が行われた。
その経験が今回の大地震のために大いに役立ったのではないだろうか。
備えあれば憂いなしである。
今回の地震を通して人間のもつ生命力の尊厳さと同時に普段の心構えと助け合いの大切さについて改めて考えさせられました。
外国から日本人再評価の声も、デイリーミラー紙(外書)は宮城県の被災地ルポを載せ<泣き叫ぶ声の、ヒステリーも怒りもない。日本人は黙って威厳をもち、なすべき事をしている>と感嘆をもって伝えている(読売編集手帳、3月14日)
理事寄稿 


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2011年03月01日

春は花と鼻の話題

春は花と鼻の話題

三月は弥生(ヤヨイ)花芽もふくらみ草木が弥(イヤ)生(オ)い茂る月。
桃の節句をはじめお水送り、春分の日、最近ではお花見も加わった。
残念乍ら 三月大相撲 大阪場所は八百長問題で中止となった。
一日も早く自浄作用が出来るように体質改善して国技としての相撲を再開してほしいものである。
桜の話題は一月下旬日本一早く開花宣言する沖縄でカンヒザクラ(寒緋桜)から始まる。
桜は大きく分けると野性のもの(野生種)と人工的に交配されて作られた園芸品種に分けられる。
東京の桜の開花は3月下旬の予定。
主役の花は誰もが知っている
染井吉野という園芸品種である。
全国の80%がこの品種だそうで日本から贈られた米国のワシントンの桜並木も
染井吉野です。
名曲「花」に歌われている桜もこの
染井吉野です。




“春のうららの隅田川のぼりくだりの船人が櫂のしずくも花と散る
眺めを何に喩(外)うべき“

見すやあけぼの露浴びて
われにもの言う桜木を
      ・・・・・・・・
hana-1.jpg

作詞は東京芸大教授 武島羽衣であり、作曲は瀧廉太郎である。
隅田川堤に
染井吉野桜が植えられたのは、徳川8代将軍吉宗が享保2年(1717年)に堤防保護のために命じたという。
花といってもはなはだ迷惑な花は杉花粉、今年は例年の10倍の飛散量だと早くから赤信号が出ている。
最近テレビのコマーシャルで目だって多いのが花粉症のくすりに関してのものである。
例年私は1月下旬から鼻づまりの症状が始まるが、今年は2月下旬現在まだその徴候が出ていない。
実は昨年暮からレンコンの食事療法をしている。
煮物にしたり、すりおろしてダンゴにしたり、ギョーザの具にしたり、料理方法は色々。料理のコツは水にさらさないことと皮と一緒に料理する。
便の通じもよくなる副産物もある。

川柳風に一句
“花まつりうれしき半分花粉症”
河西理事寄稿


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2011年02月08日

春は名のみ

春は名のみ



月日の立つのは早いもの 松の内も明けて早や草木の再生する如月(きさらぎ)
冬から春へ移行する節目で節分がある。

節分には鰯の頭を柊(ひいらぎ)に刺して門口に飾る。
我が家ではいまだにこの風習をつづけており、疫病退治の豆撒きをする。
炬燵を囲んで年の数だけ豆を食べる。
最近はとても年の数だけは食べられないので10分のⅠで済ませている。
この季節になるといつも頭に浮かぶ歌がある。


“春は名のみの 風の寒さや

  谷の鶯    歌は思えど

  時にあらずと声も立てず

  時にあらずと声を立てず“


「早春賦」という。戦前の小学唱歌に載っていた。
作者は吉丸一昌で長野県穂高町の雪解けの風景の美しさに感動してこの歌を作詞したという。
この時期、風の冷たさに首をすくめながら散歩に出て思わずこの歌を口ずさむ。
遅い春を待ち兼ねている田舎の情景がまざまざと甦(よみがえる)。

春の小学唱歌はどれをとっても日本の美しい四季を謳(うたう)たものである。
老人ホームでは日頃表情も乏しくぼんやり過している高齢者が小学唱歌を歌うときは口を大きく開き、身振り手振りをとって生き生き踊っている。
歌は世につれ世は歌につれというが良い歌には生命力がある。
今時の子供達はどんな小学唱歌を習っているのであろうか 久しく聞いたことがない。
散歩の折梅見を楽しんでください。
寄稿 河西理事


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2010年12月31日

初日記

初 日 記

明けましておめでとうございます。

今年の干支(エト)は卯(ウ)すなわち兎どしである。
うさぎは庶民から愛され因幡の白兎やウサギとカメのかけ競べ、月で餅つくうさぎなど民話や寓話にもよく出てくる。
兎は動物でありながら一匹、二匹と数えず一羽、二羽と数える。
それは昔獣類の肉を食用にすることをきらった宗教思想から兎を鳥類のように見なして「羽」と数え食用にしたものだろうと言われている。

初詣は七福神参りをする人が多い。
江戸には古くから谷中七福神、隅田七福神、山手七福神、更には新しいコースも出てきて賑わっている。
今年の初卯詣には亀戸神社の妙義社へ参詣して「卯の花」という新符を受ける。
(今年は1月12日が初卯)
“弟子つれて初卯詣の大工かな”
(鬼城)
kasai-1.jpg
昔は家族が揃って晴れ着で年始の挨拶をする。
そして今年の抱負をいうとやっとお年玉が貰えた。
最近では家族がバラバラで、こんな清清しい緊張感はない。
なんとなくダラダラとお三ケ日が過ぎてしまう。「一年の計は元旦にあり」という。
お正月こそ気分一新して新生活、新方針をたてるのによい。
今年は日記をつける決意した。六十の手習いならぬ七十九の日記づけである。
“父の歳になれりと記す初日記”
(津田爪子)
kasai-2.jpg
最近はもの忘れがひどくなり眼鏡を一階の居間の他に二階と玄関にも予備を置いている。
それでも探しまわることがある。
ボケ防止のためにも、一日一日を大切に過ごす為にも大切な行事としたい。
“気の向きし日だけの日記はじめかな”(渋沢渋亭)

にならないよう日記は一日の終りの儀式と心得る。これが長続きのコツ
河西理事寄稿


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2010年12月10日

年の瀬に国を思う

年の瀬に国を思う

月日のたつのは早いもの、一年の締めくくりや新年を迎える準備に追われる師走です。
今年は日本の政治・経済のあまりの不甲斐なさに私は悲慎康概していますが皆さんはどんな年でしたか?
今までこの欄では日本の四季・伝統・文化を取り上げてきましたが、今回は少し話題を替えて日本人のアイデンテイテイについて考えてみたい。

明治のある高名な政治家は“外交は力なり”と喝破したが、今の政治家は気力・胆力・覇気に欠ける。
戦後の平和ボケの中でこれらのものをなくしてしまったのだろうか。
戦前、大本営参謀、戦後丸紅の副会長、そして行政改革・教育臨調など国家社会の仕事に一生を捧げた瀬島龍三氏は回想録「幾山河」の中で二十一世紀の人づくりの目標は「立派な日本人」「立派な国際人」をつくるとかいてある。
立派な人とは徳(道徳)智(知識)体(体力)情(情操)を兼ね備えた人。
立派な日本人とはわが国の歴史伝統、文化をよくわきまえて常に我々は日本人だというしっかりした自覚を持っている人だという。

明治の先覚者である福沢諭吉、新渡戸稲造、野口英世、戦後なら吉田茂など皆立派な人であり日本人であり国際人でもあった。

戦後の教育では歴史と地理が極めて軽視されてきた。
先頃テレビで池上彰の“なるほど解説、世界で6番目に広い国、日本の領土はどこまで?”でビックリしている若者たちの顔を見ていて、日本人としての自覚の背景を作るのは歴史であり伝統であり文化であることを痛感した。

さて、今年のグッドニュースはまず日本人のノーベル化学賞ダブル受賞である。
受賞者鈴木章氏は今様二宮金次郎といわれた苦労人、もう一人の受賞者根岸栄一氏はアメリカにいても正しい夢を持って五十年追い続けた胆力のある人である。

身近な話題では、わが商店会の地道な活動が実って宮下公園がやっと区民の憩える公園として整備が始められることになった。
そして、9年ぶりに明治通りのけや木が復活したことである。
すくすく伸びて昔なつかしい風情あるけや木並木が見られのが待ちどおしい。
今年一年会員の皆様には大変お世話になりましてありがとうございました。
皆様にはよき新年をお迎えください。




不安定な日が続く:11月25日撮影
河西理事寄稿


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2010年10月13日

世界に誇る俳句

世界に誇る俳句
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今年の夏は本当に暑かった。
熱帯夜も猛暑日も記録づくめ。
観測史上最長・最高のスーパー猛暑だったという。
この暑さを乗り切った後だけに十月の爽やかな気候は本当にありがたい。
野も山も色づきはじめ、夏鳥は南へ渡り冬鳥が日本に飛んでくる頃です。
空気が澄んで天高く感じられる「天高し」「秋高し」という季語がある。


“天高く雲行くままに我も行く”(虚子)

この時期散歩に出ると、つい空を見上てポッカリ浮く白い雲にみとれて、くもと一緒になっていく気分となってしまう。
五音、七音、五音調の詩句は世界に誇る日本の文化である。
山田風太郎氏は「コレデオシマイ(角川)」の中で
“戦争に負けてみると日本に残ったのは歌舞伎と俳句しかない・・・・・”
日本人は歌舞伎と俳句というものをよく考え出したと思って関心するんです。
外国人もこのことは認めている。
ベルギーの神父グロータス氏は「それでもやっぱり日本人になりたい(五月書房)」に日本の新聞には世界中のどんな新聞にも出ていないことがのっている。
それは毎週読者から送られてくる俳句と短歌である。
詩作活動があらゆる階層の人々の間で続けられているのは、おそらく世界中で日本だけだろうと語っている。
いま日本は国の内外で政治も経済も自信を喪失しているが、改めて日本文化のスバラシサを再認識し、皆さんもこの秋一句をものにしてはどうでしょうか。

河西理事寄稿


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2010年08月30日

秋の気配

命のバトンタッチ

秋の気配とともに老人にも過し易い季節となりました。
日本は世界一の長寿国と云われているが、百年前までは驚くほど早く老けて一生を終えていった。

明治期の平均寿命について「明治医事往来」には明治三十年代で三十才であり、四十才をこえたのは大正に入ってからのことだという。

私の祖母は慶広の生れで72才で天寿を全うした。
今でいえば百才位(年令七掛説によると)に相当することになる。
戦前のことであるが、ある夕飼どき囲ろりをかこんで食事をとっていた時、幼い弟が突然ケイレンをおこした。
両親はそれ薬だ医者だとうろたえているなか、祖母はすーっと庭に出て菖蒲の根を掘ってきて手早くそれをすりおろして飲ませたところ間もなく引きつけが治まった。
日頃 もの静かな祖母のどこにそんな知恵と行動力があったのかと、祖母というより人生の先達者として敬して見ている自分に気がついた。
これが親子の絆というものである。

去る7月都内で最高齢とされる女性が所在不明ということに端を発し、全国の市町村で調査したところ百才以上の所在不明者がなんと二百八十名を超えることがわかった。

百才といえば関東大震災に会い、太平洋戦争を体験し、戦後の厳しい食料事情のなかを戦後復興の担手として必死に生き抜いてきた先達である。

今は核家族のもとブログやツイッター、携帯電話など電子情報で育った若者には人生の荒波をのり越えてはるばる歩いてこられた老人を思いやる気持一惻隠の情などなかなか沸いてこないのであろうか?
今こそ、先人の知恵と経験を生かし、命のバトンタッチうを大切にしていくことが二十一世紀に生きるものの責務ではないかと思う今日この頃です。 inochi-1.jpg

河西理事寄稿


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2010年07月05日

おばあちゃんの知恵

暑い夏を快適に過す「おばあちゃんの知恵」
梅雨明けとともに夏空がまぶしく感じられる頃となりました。
7月は霊峰富士の山開きに始まり各地で海開きが行われ 七夕祭り、花火大会などさまざまな行事が行われる。

最近、セキが止まらない百日ゼキが流行っているという事を聞いた。
原因はカビやダニの発生が原因で、その予防法をNHKテレビで放映されていた。
密閉した部屋はカビやダニが発生しやすいので出来るだけ窓を開ける。
こまめに布団を干す。特に枕を干すのが効果的だという。


その話から、この暑苦しい夏を快適に過すための工夫として「おばあちゃんの知恵」が頭に浮かんだ。

・枕は「ソバガラがいい」頭寒足熱というが、ソバ枕は熱や湿気もこもらず適度のやわらかさがある。しかし喘息のある人は使用をさけた方がよい。

・うず巻型蚊取り線香は適度の長さのところにピンをはさんでおくと自動的に消える。

・犬の散歩はよいが、糞の始末をしないのはマナー違反であり不衛生でもある。こんな時は米のとぎ汁をかけておくと臭いが消えて後始末がしやすい。

・「梅干しの歌」というのをご存知ですか。大正時代の小学校の国語読本に載っていた。
「・・・七月八月暑いころ三日三晩の土曜干し思えばつらいことばかり それも世のため人のため しわは寄っても若い気で 小さい君らの仲間入り 運動会に持ってゆく・・・・」

うちの孫たちはおばあちゃんのつけた梅干し大好きでお昼の弁当には欠かせない。

“梅干すや庭にしたたる紫蘇の汁”(正岡子規)
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ひと昔前はこんなのどかな風景がいたるところで見られたものである。
暑い夏を手軽に金もかけずにできる
「おばあちゃんの知恵」でのりきって下さい。
河西理事寄稿


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2010年06月04日

時間」はどこにも売ってない

「時間」はどこにも売ってない

5月のゴールデンウイークは珍しく晴天つづき、一日も雨の降らなかったのは25年ぶりとか。
一転して6月といえばつゆの月である。
うっとうしい毎日ではあるがこの雨が田植えには欠かせない。
この6月を水無月ともいうが、それは大きな田植えという農作業を「みなつくした」ということからきた語源らしい。

慈雨のおかげであじさいは白から淡紅へと変化をする。

主役の花菖蒲は月の半ばには見頃を迎える。

明治神宮の菖蒲田には150種の大輪が見事に咲きほこる。

今月特に取り上げたい話題は「時の記念日」である。
人間が生活する上で時間はとても大切、時間を守り大切にすることを趣旨として大正9年の6月10日制定された。

かってエジソンに世の中で大切なものは何かと尋ねたところ“それは時間である、どこに行っても売っていないからだ”と答えたそうだ。
記憶の新しいところで政府は普天間問題を5月末日決着と約束していたのだが、守れたと言えるか。

いつの間に日本人は「時間」にルーズになったのだろうか。
日本人は時間に厳しく、特に列車の発着時刻の正確さは世界に冠たるものがあった。
時間の正確さのシンボルが時計である。

国鉄時代運転手が使用する懐中時計や腕時計はセイコーやシチズンなど国産時計であった。
日本の時計はスイスと並んで世界一流の時計だということを肌で感じたことがある。

昭和40年代ヨーロッパ研修旅行でスペインの有名美術館を訪れた時のこと、制服を着た役人らしい人物が近づいてきて私の腕時計を指差して“セイコー”というのでYESとうなづくと、彼は手に取ってジーッと見入る。そして自分の時計をはずしてチエンジ、チエンジ!という。
外国にきて自国の時計を賞められて嬉しくないはずはない。
残念乍ら愛用の品なのでNOとことわった。

今はコーツ全盛の時代であるが、手まきや自動まきの機械式時計に根強い人気がある。

江戸時代から発達した和時計の伝統あるものづくりの技術は今日に引き継がれている。

ものづくり日本がんばれ!

寄稿:河西広報理事


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2010年05月12日

負うた子に教えられる

負うた子に教えられる

桜の花も散って、風薫るさわやかな季節となりました。
各地で つつじ祭り、チューリップ祭り、桜草祭り、ボタン祭りが催される。
花に浮かれていると一ヶ月はあっという間に過ぎ去る。

chikoku-2.jpg 新入生は入学時の緊張もとけ、学校の新しい環境にも慣れてくる。
当初の高い志も薄れ、近頃は遅刻もしばしばというのが五月病である。

遅刻といえば、ある女性作家(名前失念)が学習院高等科時代の思い出として「すでにクラス朝礼が始まっている、全身に級友の眼をあびながら、担任の先生のところに行き、“今日もまた桜を賞でて遅刻かな”と頭を下げた。遅刻理由を俳句に託すユーモアに思わず先生も笑ってゆるしてくれたという」

また「高校生の川柳狂歌集(高文研)の中に“うれしさは朝寝坊して遅刻して教室に入って先生いない”(当時、高三 佐藤広孝)
こんなことが許されるのも高校生までで、社会人になったら許されない。
先般参議院予算委員会に閣僚3人が遅刻し 開会が15分遅れとなったことは記憶に新しい。
日本は今成熟社会に入って、人生の目標が見えにくくなってきている。
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まず、親は将来に期待せず、子供は大人になりたくないという調査結果がある。
政府はこども手当を支給することを決定、財源として5兆3000億円必要となる。

テレビで小学生が“日本は少子化で自分たちが大人になった時、莫大な借金のツケを払わされるのはゴメンダと話していた。
大人は顔色ナシである。
負うた子に教えられることはこのことか。

国民は目先の人気とり政策より、今は厳しくともやがて春がくるような国づくり政策を期待している。
河西理事寄稿


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2010年03月07日

花見月

花といえば桜

毎年花見月(3月のこと)になると桜の開花予想が新聞やテレビに話題としてのぼりはじめる。
気象庁の開花予想は昭和30年から始まったが、最近は民間の気象予報が充実してきたので、今年から開花発表を中止することではあるが、春を告げる年中行事として残しておいて欲しいものだ。
近年は温暖化の影響で開花が早まり、昨年の気象庁の開花宣言は3月25日であった。
今年もその頃らしい。
2010年 桜の開花予想 (民間3事業者予想の比較)
都道府県 都市 日本気象協会 ウェザーマップ ウェザーニューズ 観測スポット
(3月3日発表) (3月1日発表) (3月1日発表)
東京都 都心 3月21日 3月22日 3月21日 靖國神社
神奈川県 横浜 3月22日 3月22日 3月21日 三渓園

ひと昔前桜の季節と言えば4月であった。戦前ではあるが小学校入学の時、満開の桜並木を見上ながら校門をくぐった。
小学一年国語読本最初のページに載っている“サイタ サイタ サクラガ サイタ”は季節に合った文章ですぐに覚えた。
また“枯木に花を咲かせましょう”の「花サカジイサン」も記憶に鮮明である。
日本人は桜の花が大好きで、俳句で花といえば桜の花を指す。
“花の雲 鐘は上野か浅草か”(松尾芭蕉)

江戸時代から有名な上野の桜は見事で遠くから見ると雲のように見える。


更に一句
   
“髭剃るや上野の鐘の霞む日に”(正岡子規)
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春のうららかな陽気に寶永寺の鐘の音がかすむように聞こえてくる。
サクラには色々の種類があり3月に入ると早くもエドヒガンが花を咲かせ、下旬には染井吉野が開花してまさに春爛漫となる。
4月に入ると八重桜が豪華に咲きほこる。

東京の桜の名所といえば、まず開花宣言の基準木のある上野恩賜公園、続いて宮中の観桜会も開かれる新宿御苑、お堀の上をおおうように咲く千鳥が淵、また吉宗将軍が植えたとされる墨田公園など数え上げれば切がない。
地元渋谷周辺で見られる桜の名所はどこであろうか。
まず、代々木公園があげられる。
染井吉野を中心にオオシマザクラやヤマザクラ、サトザクラなど種類の多さに圧倒される。

渋谷駅に近づくと電車の中から見える宮下公園のソメイヨシノも目を楽しませてくれる。歴史のあるのは金王八幡神社境内にある金王桜は江戸時代から花見の名所として知られている。
渋谷周辺にはかくれた桜の名所がもっとあるはず。
今年は関心を持って地元の人々が愛でている桜の名所を調べて「知られざる渋谷桜の名所地図」を作ってみたらどうだろうか。

河西広報理事寄稿


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2010年02月02日

はや、二月

歴史再発見

はや立春、2月から3月にかけては節分初午(はつうま)、針供養、梅見などの年中行事とともに季節の旬を味わうことができる。
春の先触れとしては蕗のとうである。
さっと天麩羅に揚げるとほのかな苦味とともに春を感じる。
野草摘みとしては土筆や早わらびもみつけることができる。
旬のものは「味の最も良い時」であると同時に身体にもよい。
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「春立つや誰も人よりさきへ起き」(鬼貫)

まだ寒さは厳しいが、春という言葉はもののときめく明るいひびきがある。

新年の挨拶に孫たちが久し振りにやってきた。
お年玉を貰って帰る時書棚から「坂の上の雲」を見つけてお宝でも発見したように“これ借りていきます”と喜こんで全巻持っていった。
40年以上前のこと、司馬遼太郎の「坂の上の雲」が出版されたのを待ちわびて一巻一巻買い求めむさぼり読んだ。
それ以来書庫に埃をかぶっていたものが再び日の目を見た。

いまNHKテレビで人気番組の一つとして「坂の上の雲」が本木雅弘他の主演で放映されている。
この物語は伊予松山に生を受けた軍人の秋山兄弟と俳人の正岡子規を中心に日露戦争前後を生き抜いた明治人の生き様を描いた物語りである。

いま歴史ものがブームで「龍馬伝」もNHKテレビで再放送されている。
この正月本屋をのぞくと「坂本龍馬」に関係のある本がズラリと並んでいた。
明治維新の立役者薩摩の西郷隆盛と長州の高杉晋作の橋渡しをしたのが坂本龍馬だと言う。
広い視野、すぐれた先見性、常識にとらわれず我が道を行く、そして飾らない人柄が時代の寵児となったのであろう。

いまは政治も外交も経済も見通しのきかない閉塞(へいそく)の時代である。
ここに英雄の出現を待ち望む庶民の願いが歴史再発見となっているのであろうか。
河西理事寄稿



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2009年12月10日

テーマー:十二月

過去に感謝

光陰矢の如し、はや年の暮である。

大掃除、納めの行事など新年を迎える準備で多忙な月で師走(しわす)と呼ばれる。忙中閑あり、ひと息ついたところで、ゆく年を静かに反省してこの年間どれほど充実した生活が送れただろうか。

“年惜しむ程のよきことなかりけり”(松崎鉄之介)

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そこで残念に思うのは与野党逆転した自民党と民主党の国会論議である。お互いに非難しあうのではなく、日本再生のためにも「過去に感謝して放ち去ったとき新しき良きものがやってくる」の言葉をかみしめて論議してほしいものだ。


例年京都東山区の清水寺で発表される一文字漢字。

さて今年を表す漢字は何であろうか。
昨年は「変」一昨年は「偽」と2年つづきで芳しくなかった。
今年は明るいイメージの漢字を期待したい。
「心」はどうだろうか。
テレビ番組の中でいつも感心してみているのは「心にしみるいい話し」である。
世界に活躍する日本人を紹介している。ニューヨークヤンキースの松井選手が万身傷いの中で大活躍し、シリーズのMVPに選ばれたには記憶に新しいところである。
今 日本人に必要なのは物や金ではなく」「こころ」日本人の精神である。
その証拠に明治の文豪夏目漱石の代表作「こころ」が老若男女を問わず静かなブームをよんでいるという。

皆さん良い新年をお迎え下さい。

河西理事寄稿


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2009年11月05日

テーマー:十一月

酒はあついのがよい

11月は霜が降りて冬が近いことを知る月で「霜月」という。

この季節になると恋しくなるのが熱燗の日本酒である。

“春さん蛸のぶっ切れをくれえ   
            それも塩でくれえ

酒はあついのがよい
          それから枝豆を一皿“

karucha-1.jpg
酒は詩を招くというが、この逸題はい井伏尊二が行きつけの新橋よしの屋でよんだものの一部です。

戦前昭和十年代父の飲む酒は日本酒一本やり晩酌は錫のちろりでぬる燗をチビリチビリ

小学生の私は三日にあげず一升ビンを下げてすぐ近くの酒蔵にかよった。

なじみで“今日は”と店に入ると、何も言わなくてもハカリ売りの酒を一升ビンに満たしてくれた。

戦後父は上京する時は必ず地元の真澄正宗を2本束にして下げてきた。

その酒を飲み終わると、東京の酒は口に合わないと言って帰っていった。


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戦後日本が復興し生活も豊かになると酒の種類も多くなり酒の飲み方も大きく変わった。

ビールをはじめウイスキー、ワイン更には第三のビール発泡酒焼酎甲類など。

その中で押され気味の日本酒は日本独特の春夏秋冬という気候が生み出したお酒で燗してよし、

冷やしてよしという世界でも珍しいお酒である。

かって、日本酒は「特級」「一級」「二級」と酒税システムによって区分されていた。それが平成4年

に精米歩合とか醸造方法によって「大吟醸」「吟醸」「本醸造」とか「山廃仕込み」など実に多彩で

品質面でも最良の時といえる。 酒は百薬の長である。適度に飲んで健康で長寿を楽しみたい。
河西広報理事寄稿




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2009年10月25日

テーマー:十月

深まる秋に思う
秋も深まると朝夕はめっきり気温がさがり寒さを感じるようになる。
旧暦10月は“かんなづき”といって日本中の神様が縁結びの相談するために出雲に出かけるといわれているので「神無月(カミナシヅキ)」と呼ばれる。
この頃になるとシベリヤなどの北国から雁や鴨、白鳥、つぐみなどの編成を組んで日本にやってくる。

“渡り鳥伸び縮まりの中空に”
(田中鬼骨)
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いよいよ鳩山内閣も編成を組んで動きだした。期待と不安があい半ばする。

“さりげなく聞いて身にしむ話かな”
(富安風生)


色々と情報が目に耳にとびこんでくる。ああだこうだと言ってもはじまらない。
つとめて平静を装ってフムフムと聞いているだけ


閑話休題
かって昭和50年代高度成長期の時、高校生に「母」について作文を書かせた。
その時の作文で今でも鮮明に覚えている一文がある。
「当時小学生だった私は放課後友達と“サヨナラ”と別れて一人になる。
家につき玄関の鍵をあける時がいちばんイヤだった。
“タダイマ”と声をかけてもガランとした部屋からは何の返事も返ってこない。とてもさみしかった。
私は将来結婚して子供が“タダイマ“と帰ってきたらお帰りなさいと声をかけてあげられる暖かい家庭をつくりたい。

“三つ子の魂百まで”といって幼少期の子育てはその子の一生を左右する。
共働きの家庭が多い現在、母親が安心して愛情深く子育てしやすい環境を提供するシステムを整備することの方が、子供手当を支給するよりも必要でないかと思う。


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2009年09月11日

テーマー:九月

中秋の名月に思う

日本の秋は空気が澄み月が一番美しい季節であることから、月見の行事は今でも各地で広く行われている。
“名月を仰ぎよろめく余生かな”(原田 種茅)

月の登るのを待って ヨッコラショと腰を伸ばして仰ぎ見る 中秋の名月は地上の騒がしさを知らぬげに澄みわたっている。

9月は行事の多い月である、特に下旬の19日(土)から23日(水)までは土・日・お彼岸・敬老の日・国民の祝日・秋分の日と五連休となる。
日本人の平均寿命は今や世界一、昨年度の男性は79才、女性はなんと83才であった。

人生わずか50年と謡われた織田信長時代に比べると1.6倍の長寿である。
今後、日本人の平均寿命は更に伸びて、男性は八十才の傘寿(カサジュ)、女性は八十八才の米寿(ベイジュ)となる日もそう遠くない。
しかし、長寿社会は「孤独や病気の不安」など大きい。
哲学者の内山節氏は 高齢社会を充実させると共に21世紀を生きる知恵として、農山部に残る「連帯」の意識をあげている。“これは都合の良いときだけつながるという合理主義的な発想ではなく、矛盾を含んだまま自然をそして人間同士を認め合う重層的な連帯です”

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いよいよ日本も二大政党時代に突入しました。
一党独裁より選択の幅が広がり 国民の政治への関心も高まる。
政権政党は 人気取り政策ではなく、明日の日本をどう構築するかという大黒柱をしっかり示し、実行することを切に願います。

河西理事:寄稿


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2009年08月03日

テーマー:八月

夏休みの心得
八月は暦の上では秋、といっても一年を通じ最も暑さを感じる月である。
高温多湿で食欲がなくなり、考える力も萎(な)えて、ホームページは中休みとしようか?・・・・と弱腰になった。
先日ぶらりと川越の骨董市をのぞいて、大正時代の古新聞を見つけた。
ボロボロの古新聞ではあるが、その時代を反映した記事が載っていて面白い。
大正十一年七月十六日付の「時事新報」に当時の東京市泰明小学校長談として、
夏休み中の児童心得11ケ条が目にとまった。
その中の幾つかを抜粋してみると。

☆ 父母の言付を良く守ること。
☆ 朝は早く起き、冷水摩擦をし深呼吸すること。
☆ 毎朝復習と運動をすること。
☆ 無駄使いや食べ過ぎをせぬこと。
☆ 何をするにも善悪の差別を考えて実行すること。
☆ 夜は早く寝、寝冷をせぬよう腹巻をすること。
昔も今も親や先生が子供を思う気持に変わりない。
現今、これに追加するとすれば“ケイタイ”の使用である。
文部省が2月調査で小学校六年生でも2割はメールのやり取りが多く就寝時間が午前0時以降に寝るという。
そこで
 “夏休みケイタイやめてハガキでお見舞い”
この夏休みを契機にケイタイ中毒から脱却するため友達間で手書きの手紙のやりとりを実行してみたらどうだろうか。以外と新鮮な感激を発見すると思う。
河西広報理事


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2009年07月31日

超大輪朝顔展

超大輪朝顔展:日比谷公園名物

超大輪朝顔展が開催されております。
当商店会ではカルチャーコーナーを設置いたしました。まだ微力ですが“東京朝顔研究会”と“朝顔”に関心をもっていただけるよう、会員の有志にご案内をいたしました。

尚、事務局は7月30日に見学を兼ねて視察いたしました。



“東京朝顔研究会”の役員に地元の田伏鋭吉氏(渋谷区神宮前6丁目))が所属しています。

この近隣には宮下公園があり本年9月からスポーツ公園として、工事に入り来年6月には仮称“ナイキ宮下公園”としてオープンいたします。

来年は田伏氏にお願いして、公園内で地元の方々に朝顔が展示できるか!ご相談してみたいと思います。


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2009年07月22日

恒例の朝顔展

夏の風物詩朝顔

東京都千代田区にある日比谷公園常設陳列場では、 7月28日(火)から8月3日(月)まで、恒例の朝顔展を開催します。

主催する東京朝顔研究会の会員の方たちが技と知恵と手間をかけて育て上げた、切込み作りや行灯(あんどん)作りの大輪朝顔が約1000鉢も展示されます。

この研究会会員の一人に地域の田伏鋭吉氏(渋谷:神宮前)がいて、渋谷宮下地区の商店会の方々も指導を受けております。

写真は展示会出品物

5月初旬から中旬にタネをまいてからほぼ3か月間、毎日苗の様子を観察し、適期に芽を摘み、水やりや施肥など作業の連続ですから、手をかけることを楽しむ気持ちがなければ育てられません。


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2009年07月01日

七月は七夕


夏本番
入道雲が天空にそびえるようになると、いよいよ夏本番である。

七月は七夕に短冊を吊す文の月で“ふみづき”という。
コンクリートジャングルの都会では蒸し暑い夏をクーラーなしでは過ごせない。

しかし、最近は省エネで地球温暖化を防止する風潮が強くなってきている。
そこで、見直されているのが、ひと昔前までどこでも見られた日本的消夏法である。
見た目に涼しい 
打ち水、縁台とうちわ、籐いす、風鈴など数え上げればきりがない。
なかでも最近話題になっているのが「すだれ」と「ゴーヤ」である。
スダレは軒先や縁先に吊るして暑い日差しを防いだり、開け放った部屋の見透かしをさえぎったりするのに都合がよい。




写真左はよしず、右は伊万里の風鈴

“簾越(すだれご)し なれば つくづく見つつあり”(加藤 楸邨)

外が明るいから通りすがりの人を部屋からすだれごしにじっくり見つめることができる。こんな経験はよくあることである。

ゴーヤは手軽に栽培できるし成長も早い、みどりのカーテンとして日差しを防いでくれる上ゴーヤの収穫も楽しめる。
一挙両得とはこのことである。
河西広報理事


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2009年06月19日

花菖蒲

はなしょうぶ

渋谷区は6月18日(木)平和・国際都市 渋谷を発展させるために、各国大使館をお招きし、「花菖蒲を観る交流会」を開催いたしました。
そして、私達、地元の各商店会もお招きに預り、鑑賞させていただきました。
商店会会員の皆様にも、是非、観ていただきたく、ここでご紹介いたしました。
明治神宮御苑の花菖蒲は150種・千五百株もの“ハナショウブ”があでやかに咲き誇り多くの方に親しまれております。

まだ間にあいます!!


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2009年06月09日

高齢者とパソコン

高齢者とパソコン

今やパソコンはビジネスマンにとって三種の神器のひとつである。
情報社会はいま人類がこれまで経験したことがないスピードとスケールで世の中は変化している。
IT(情報技術)革命と呼ばれている。
そのすごさは世界レベルで5千万人の利用者を獲得するまでの時間は,
ラジオで38年テレビは13年かかった。
ところがインターネットはたったの4年でこの数字をクリヤーしてしまったという。
日本のインターネット利用者は9000万人を超え4人に3人まで普及していることが、5月4日に読売新聞で報道された。
総務庁が今年1月に実施した通信利用動向調査(2008年末時点が調査対象)でわかった。
このコーナーは読売新聞から
今や日本のインターネット利用者は9000万人を超え4人に3人まで普及している。

情報のグローバル化といえば先月世界を震かんさせた新型インフルエンザの情報は瞬時にして世界をかけ巡った。
日本が水際作戦で、その上陸をくい止めることが出来たのはIT革命のおかげである。
そうでなければ、かってのスペイン風邪の二の舞になりかねなかった。
その情報技術の主役がパソコンではある。

無限の可能性を秘めているパソコンではあるが、年配者の中にはパソコンアアレルギーの人が多い。
大正、昭和の激動時代を生き抜いてきた老人は、まず手でさわり、目で見て確かめ、マニュアルを読んで頭で理解をしようとする習性がある。


“突然画面がとんだり、止まったり”キーを押しても引いてもピクリとも動かない。
“パソコンのわからないところがわからない”

最近はパソコンは使い勝手が良くなってきている。
パソコンをブラックボックスとしてキーボード操作に慣れることが肝要。
幼児や小学生がパソコンゲームを楽しむのは理屈ではない。
「習うより慣れろ」である。
急がず80歳の手習いをしてみてはどうだろうか。
氾濫する世の中の情報も歳の功で上手にコントロールすればパソコンは宝の山であり、ボケ防止につながると思うがどうでしょうか。
河西理事寄稿


投稿者 m-park : 22:04 | コメント (0)


2009年05月30日

紫陽花(あじさい)

水無月
六月は入梅の時期である、うっとおしい不快な日が続く、
田植えが済んで田に水を張る月なので水月(みなづき)という。又「水無月」(みなづき)ともいう。
旧暦六月が酷暑の時期であることから、梅雨も終わり水が涸れる時期を表わした言葉だという。和風月名は面白い。
六月の雨に似合う花といえば紫陽花(あじさい)である。


“紫陽花や白よりいでて浅みどり”(水巴)

ajisai.jpg

花期が長く白から始まって淡緑・碧・紫・淡紅と七度色を変えるから七変化という。


投稿者 m-park : 16:16 | コメント (0)


2008年07月02日

夏の風物詩-朝顔

夏の風物詩-朝顔―

日比谷公園超大輪朝顔展・・・2008年7月28日から8月3日まで
東京入谷の朝顔市・・・7月18日から20日の3日間開かれる。

梅雨が明けるのを待ちかねたように「おそれ入谷の鬼子母神」で有名な東京入谷の朝顔市が7月6日から8日の3日間開かれる。
毎年50万人近い人出で賑いをみせる。
入谷から出る朝顔の車かな (子規)
この句は明治の入谷の朝顔市の賑いを詠んだもの。
我が家でも毎年種子まきから育てているが見頃は8月に入ってからである。
花期は7月から10月であり、古来「朝顔」は初秋の季語とされている。
この種子は小林会長かから頂いたもので、たしか東京メトロ13号線工事が始まった頃であった。
由緒正しき種子で桃色無地の「佐倉の桃」ビロード色の「松風」藤色吹掛紋の「万博の藤露」など品評会にも入賞した大粒の種子であった。
この先祖は江戸時代のものといわれる。
江戸時代は朝顔がブームで変わり咲きなど多くの品種が誕生した。
朝顔は正直なもので私の育て方が下手なのか、年々花が小さくなるばかりである。
朝顔に釣瓶とられてもらひ水(千代女)
作者の優しい心づかいが素直に表現されていて私は好きであるが、この句のようにつるを伸ばしすぎると大輪は咲かないようだ。
東京入谷の朝顔市
サミットの関連で開催日が変更!ご注意
東京朝顔研究会による恒例の「超大輪朝顔展」が開催(写真は借用=差替準備中)
河西広報理事寄稿


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